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不定期更新 青山直樹







5月1日(後編)-第9話



神楽坂の道を歩くと、少しだけ懐かしい気分がする。日本人は隘路が好きだ。狭い路地と路地にある出会いやすれ違い、そして階段を降りて広がる通りの往来と商い。俺は東京に来てはじめて神楽坂を歩いた。洗練された町は、人工的な街と違って風情を残していた。広島は大部分を戦災で失ったが、少し田舎に行くと、古い民家や街が残っていて、それは長く人々が住んで生活をした営みの痕跡が至るところにあった。

セイジさんから来たLINEに書いてあった店は、とても敷居が高くて、ゲイマッサージって、儲けてるんだなぁと思った。料亭って言うのかな… 1人では行ったことのないようなちょっとオシャレなお店だった。

店内に入ると、着物を着た女性に案内されて、個室の立派な座敷に通された。まだ、誰も来ていないようで、時間より20分はやくついたのだけど、場所を間違えてしまったり、自分以外誰もいない世界に転生してしまったのではないかと思ったりした。俺はただ、障子襖を見つめて、はやく来てしまったことをちょっと後悔していた。待つのは攻め入るよりもとても緊張する。

目を閉じて禅の僧侶のように待っていると、すごく女性的な茶色でやや髪が長い、ジャニーズ系の20代くらいの男の人が着物の女性に案内されて入ってきた。

ジャニーズ系の人 - こんにちは〜 あのー、FMのマッサージの人?ですよね? ここであってますよね〜?

俺 - あっ、はい。あってると思います。まだ誰もきてなくて。。自分も心配でした。

ジャニーズ系の人 - いやーん、よかったー。間違えたかと思ったー。オウサカさんとか先に着いてる、って言ってたからはやめに来たのにー💦

俺 - で、ですよね。自分もはやく来てむちゃくちゃ心配でした。間違ってなくてよかったです💦

ジャニーズ系の人 - 私たち2人して間違ってる、ってことないよね?? ね??

俺 - オウサカさんの名前で予約入ってたので大丈夫だと思います💦

ジャニーズ系の人 - そうよね。そうだよね。じゃあ大丈夫かっ🙆‍♂️

テーブルを挟んで、お互いに時々話題を振りながら、なんとなく沈黙と会話を繰り返して、ちょっと気まずいエレベーターの中のようにひと時を過ごした。

俺 - 自分ユウタ、って言います。お名前は何ですか?

ジャニーズ系の人 - ミツル、なんだけど、みんなミッコって呼んでる。仕事の時はしゃべるな、ってオウサカさんに言われてるの。オネエがでるから、だからマッサージ中は、はい か いいえしか言わないの。無言よ。わたし。

いろんな人がこのグループにはいるんだと思った。確かに、ミッコさんは喋らなければ相当イケメンだと思った。

そうこう沈黙と会話を繰り返しているうちに、ガヤガヤと6人くらいの集団が話しながら近づいてくるのがわかった。その集団は障子襖の前で立ち止まり、着物の女性が襖を開くと、俺は目を疑った。それは、よく知っている人で、まさかここで会うとは思わなかったからだ。

ダイちゃん!?? あ、アキマサくん!??

外で談笑していた仲間が後ろからも大勢入ってくる。ダイちゃんとアキマサくんは アッー!!!って指さしたままその波に押されて座敷に入ってくる。そして、ミッコさんの隣にわらわらと座り、マジで!?マジで!?と瞳孔が開いた目で俺のほうを見ている!

ダイちゃん - マジかっ マジビビる。ユウタがいるなんて!? もしかして新人ってユウタ?? 前からいた??

アキマサくんはハイタッチ🤚してきたので思いっきり返した。🤚

気がつくと、さらに大勢の人が入り、あっと言う間に20数席がいっぱいになった。セイジさんとオウサカさんも最後に入ってきて、全員が喋りまくる大宴会が飲み物がくる前にもうはじまっていた。

オウサカさん - せ、静粛にー!笑 

なんとなくまだ賑やかだが、60デシベルくらいに下がった。

セイジさん - 一度会話をやめてくださーい 笑

50デシベルくらいになった!

オウサカさん - 今日は、すごーく遅い新年会、及び、新人の歓迎会をいたします! 最初に、新人を紹介します!順番に自己紹介っ 名前と、年齢と、好きなタイプと、今後の目標を語ってくれー!

自分以外にも3人の新人さんがいて、俺よりも顔も身体もできていて、自分は情けなくて押しつぶされそうだった。

新人1 セイヤ - セイヤと言います。本名です。親が聖闘士星矢が好きでこの名前になりました! 23歳です。好きなタイプはガチムチで、車買うお金を貯めようと思っています💪

新人2 ツヨシ - ツヨシと言います。27歳です!元々マッサージをしていて、もっと稼ぎたくてゲイマッサージをはじめました!目標は貯金をして1000万円貯めることです🙆‍♂️ えっと好きなタイプは、タチのドMです。

新人3 リョウマ - リョウマです。21歳で、ビデオ男優もやってます💦 タイプは誰でもいいです。笑 目標は特にないですが、ビデオレーベル立ち上げたいな、って思ってます。💦

俺の順番がきた!立ち上がって、イケメンだらけの座敷を見渡しながら自己紹介をした

- ユウタです。19歳です。今月、19歳になりました。アメフトをやってます。好きなタイプは自分よりガタイのいい人で、目標は防具とか、部活の道具を買えるくらいになりたいと思っています。💦

- キャー🙀アメフト部〜!??🏈

ミッコさんが叫んだ。俺はどうしてミッコさんが叫んだのかよくわからなかったが、周りの人の自分を見る目が瞬間的に変わったのに少し異変を感じた。なんだか、急にみんながとても好意的に迎え入れてくれている気がした。

各々の自己紹介が終わると、ちょうどお酒がテーブルに並べられて、そんなこんなで、乾杯をして、またとどめのない談笑が始まり、宴会はアメフト部🏈の新歓と同等かそれ以上にハチャメチャだった。酒に酔った自分は、誰と会話したか覚えてないし、誰とチューしたかも覚えてなかった。ミッコさんがキス魔だということだけは今後の戒めとして記憶した。

多くの仲間と顔合わせができた。自分の居場所を3ミリだけ広げることができたと思った。

こうして、俺のゲイマッサージ生活がスタートした。💪


つづく

※ この話は全てフィクションです。実在のお店、人物等とは一切関係がありません。




5月1日(前編)-第8話



世の中はGWだが、校内のグランドでパスの練習をする。楕円の球はゆっくりとグラフを描いてグローブの中に着地する。リュウセイはアメフト部に入って最初に仲良くなった相棒だ。同じ法学部で、選考している単位も似ている。自分の大学は関東学生リーグ2部に属していて、1部の大学と比べたら少し緩い。決して不真面目なわけではなくて、緩いのが大学の全体を漂う良い雰囲気だと思う。少なくとも俺にはあっている。

リュウセイは、高校からエスカレーターで進学して、高校時代からアメフトをやっている。ポジションは昔からRBで、クォーターバックからボールを受け取ってランプレイをしたり、パスプレイでパスのターゲットとなったり、ラインと一緒にクォーターバックを守ることもあるポジションだ。

俺は、オフェンスラインとレシーバーの両方の特性を持つTEを希望していて、ブロックやパスプレーの両方に有力なポジションだ。タイトエンドの役割は、コーチの作戦や哲学によってチームごとに大きな幅がある。もっぱらラインの選手として機能するタイトエンドもいるし、積極的にパスプレーに参加するタイトエンドもいる。

アメフトはタチ、ウケ、みたいに役割が決まっている。オフェンスとディフェンスにわかれ、その中でも細かい役割と機能がある。チームには敵チームを分析するスタッフもいて、まるで軍隊みたいだ。

基本的に1年生の俺たちは、雑用や基礎体力づくりや筋力トレーニングをすることが多くなる。先輩たちが帰った後、ボールを磨いたりもする。

日も暮れて、1年メンバーで部室に戻り、シャワーを浴びる。無造作にアンダーシャツや汗を吸ったスパッツが脱ぎ捨てられる。まだ身体ができていない奴もいれば、リュウセイのようにスキンズのコンプレッションタイツを脱いでギリシャ塑像のように神々しい肉体のやつもいる。部室には溢れて行き場のない男の匂いが充満している。

ギリシア時代、人は芸術の追究にとって人間の姿が最も重要な主題であると早期に決定していた。彼らの神々が人の姿になっているのは、聖なるものと世俗的なものの区別がほとんどなく、人の肉体が世俗的かつ神聖なものであるためだった。

俺にとって、リュウセイの肉体は世俗的かつ神聖なものの極みに思えた。

汗をはじく弾力のある筋肉の隆起と、バカみたいな笑顔と白い歯、少し知性を疑うチンパンジーみたいな行為と、無垢さ。今も俺に向けて歌を唄いながらチンポをユラユラさせている。たぶん、つっこんでほしいのだろうが、気恥ずかしので、冷たい眼差しを送りつつ、やっぱりオイっと突っ込んでおく。このくだらないやりとりが親密さの証だ。

当時、ギリシャ塑像のモデルには、古代オリンピックの優勝者がなったように、俺もリュウセイを塑像にして自分の部屋に飾りたいくらいだった。

その小さな塑像が、小人のように深夜に動きだして、俺を虐めてくれないのか…?

東洋に広がった塑像の源流は、古代ギリシャだと言われている。これらの技術は、アレクサンダー大王の東征に伴い東漸し、東洋にもたらされた。

アレクサンダー大王は、紀元前326年、「世界の果て」に到達するべくインドに侵攻し、ヒュダスペス河畔の戦いでパウラヴァ族に勝利する。しかし、多くの部下の要求により結局引き返すこととなり、紀元前323年、新たな遠征を果たせないままバビロンで熱病にかかり32歳で死ぬ。

公的な記録によれば、アレクサンダー大王は高熱を発してずっと熱が下がらず、そのあいだ激しくのどが渇いて葡萄酒を飲み、うわごとがはじまって、発熱後10日目に亡くなっている。

今、季節はずれのインフルエンザがはやっていて、例年よりたくさんの人が亡くなっているが、人の死は、いつの時代も変わらない。アレクサンダー大王は、世界の果てを見ぬままだった。

リュウセイは、ニコッとハニカミ、一緒に飯に行こうぜ!と言ったが、今日は、マッサージの歓迎会の日だったので、俺は、リュウセイに

- ゴメンっ💦  今日はバイトなんだ

と小さな嘘をついて、大好きな男をわざと振る女のように、シンデレラタイムを楽しんで部室をでた。リュウセイは、悲しいチンパンジーみたいな顔をして俺を見送った。



つづく

※ この話は全てフィクションです。実在のお店、人物等とは一切関係がありません。

(次回更新は 4/17 金曜日です。)




4月25日 (後後編) -第7話



俺たちの生活は、起きたことではなく起きなかったことの上に成り立っている。

今日も地震はなく、飛行機は落ちず、ストーカーに刺されることもなく平凡な1日を暮らしている。

起きたことには注意が行くが、それと同じくらいたくさんの、いや、それよりもはるかにずっとたくさんの 起きなかったこと には、あまり意識を向けない。

そこにいたイケメンには、意識を向けるが、そこにいなかったイケメンには意識は向けない。本当は、5分、時間がズレていたら、出会っていたかも知れないのに。

逢坂さんとセイジさんの研修を受けた後、2人はドア越しに俺を見送ってくれた。ドアが閉まるカチャッという開閉音と同時に、重なるように別の、とても親密な絡みつくような音がした気がしたが、それは起きたことと、起きなかったことの間にあった。少なくとも、その扉は、真実をどちらでもない世界に置き去りにしてしまった。

2人は、着替えてまだ暖かくも肌寒い外のストリートを別々に歩いて帰ったのかも知れなかったし、衣服を脱ぎ、誰もいなくなった部屋でお互いの体液を飽きるまで交換し合ったのかも知れなかった。それらの世界は等しく同時に存在し、また同時に存在していなかった。

帰り道、小さな火事に遭遇した。坂道から少し離れたところに炎と煙が上がっていた。人の営みから離れた生活をしていた自分にとって、その火事は無性に何かをひきつけるものがあった。

少し早歩きで火事に近づいて行く。鼻腔に煤のような灰色の匂いがつく。全ての営みが燃えてなくなる匂いだ。

近づくと、たくさんの消防車がとまり、短髪の消防士達がホースを握って放水していた。逞しい筋肉と精神が躍動し、自然の力と男達の力が拮抗していた。普段は人気のない無機質なマンションやアパートにも、たくさんの人影が見え、まるで何かのアトラクションか、ページを捲ると背景にたくさんの登場人物が重なる子供騙しの仕掛け絵本のようだった。

大勢の人達がその場所でひとつの出来事に関与していた。その中心にあるのは炎だった。

火事をみていると、なぜかムラムラとして、それは我慢していた欲望か、今、沸き起こったものかわからなかったが、黙ってその場を立ち去り、足ばやにメトロに乗り、駅から近いクルージングスペースのエレベーターのない階段を上がっていた。

受付にお金を払い、洞窟のような狭い迷路の暗闇に入って行く。無数の扉の向こうでは肉を打つ淫靡な音と床が軋む音がいくつも聞こえていた。通路には漂白剤のような精液の匂いが立ち込め、相手を探す人影がいくつもの神聖な灯籠のように並んでいた。しかし、その灯籠に明かりを灯す炎は既に個室の中に消えていて、残った灯籠達は、ただ次の炎が訪れるのを寡黙に待っていた。

俺は、適当な1人を選んで、押し倒し、ろくにほぐしもせずに挿入して自分だけ射精してシャワーを浴びて暗闇をでた。最低だと思った。やけにすっきりとしていた。

スマホを見ると、LINEが届いていて、セイジさんからだった。

 - お疲れ〜 さっき逢坂さんとゆうたくんの歓迎会をしようって話してて、次の金曜日の夜って空いてる? 焼き鳥か焼肉になると思うんで、一緒に飲もうぜー。他のメンバーも集まるから20人?はくるよ👍

なぜか安心した。気がつくと、手が震えていた。

起きなかったことよりも、起きたことを大事にしよう、そして、これから起きることと、起こすことに気持ちを向けようと思った。

階下の沖縄料理店からは、沖縄民謡のてぃんさぐぬ花が流れていた。


ホウセンカの花は
爪先に染めて
親の言うことは
心に染めなさい

天上に群れる星は
数えれば数えきれても
親の言うことは
数えきれないものだ

夜の海を往く船は
北極星を目当てにする
私を生んだ親は
私の目当て(手本)だ

宝石でも
磨かなければ錆びてしまう
朝晩心を磨いて
日々を生きて行こう

正直な人は
後々いつまでも
願いごとが叶えられ
永遠に栄えるだろう

何事も為せば
成るものではあるが
為さぬことは
いつまでも成らない


つづく

※ この話は全てフィクションです。実在のお店、人物等とは一切関係がありません。

(次回更新は 4/10 金曜日です。)




4月25日 (後編) -第6話



セイジさんは1学年上なだけなのにどこか大人の余裕があった。なんて言うか、童貞と非童貞っていうか、中学生と高校生っていうか、圧倒的に自信があって、人に優しい感じだ。つまり、隠キャではない。ゲイなんだけど、ノンケっぽくて、タチっぽくて、男らしいのに、色気? があって、マッサージやってるとこんなふうにエロくてかっこよくなれるのかな… と思っていると、好敵手を見つけたようにやや隠キャの雰囲気を漂わせながら、トイレから戻ってきた逢坂さんが


- あっ、こいつバイだから惚れないようにな 笑 苦労するぞ

って茶化してきた。セイジさんも

- 新人になんてこと言うんですか 笑 俺は逢坂さんみたいな歳上に興味ないだけっすよw 歳下には優しいですよ

ってこなれた会話をしていて、俺はどっちもイケるから、2人に何かあったのだと思うと、変な妄想をして顔が真っ赤になってしまった。そして同時に2人に対して行き場のない嫉妬をしてしまった。

嫉妬はたぶん余計な感情だけど、コンクリートの部屋の中に、突然、親密な空間が広がって、なんだか照れくさいけど、晴れた日の雨のようにとても心地よかった。

ここがジャングルだったら叫んでいたかも知れない。ジャングルには間違いなさそうなのだけど。

セイジさんは

- 逢坂さん、俺とりあえず全部脱げばいいんっすよね? 

と言っておもむろに服を脱ぎだし、はちきれそうな腕や、太ももを不器用そうに操って脱ぎはじめた。その動物的な所作は、大胆で、あまりにも無造作で、性的配慮がなさすぎる点が男らしくて魅力的だった。部室や男湯で、ノンケの男が見られる側にまわることを全く意識もせずに大胆に脱ぐ脱ぎっぷりそのものだった。

ペニスの皮は7割被っていた。絶対に先走りが多いタイプだと思った。

脱いだ後で残像を思い浮かべると、少し灼けた肌と隆起した筋肉に、真っ白なビキニっぽいタイトなブリーフなのが、殺意を覚えるほどかっこよかった。

しかし、それが残像なのか、残像ですらなく、妄想だったのか、速い動悸を感じていた自分には、全く定かではなく、バンフォードの香りがなければ存在ごと消滅してしまいそうだった。

アラサーの逢坂さんも脱ぐ。逢坂さんもなかなか良い体だ。グレーのボクサーブリーフで、その脚も、紺のTシャツからはみ出る腕も、セイジさんに負けていなかった。

逢坂さんは笑いながらセイジさんの脚を引っ張り、ちょっとイタズラっぽいことをしてオイルを手にとりはじめた。

そうした親密さは、ずっと自分の中で失われていたもののような気がして懐かしかった。

人は失うまでわからないが、失ったことさえいつか忘れてしまう。きみまろじゃないけど。

逢坂さんは、ゆっくりとセイジさんの脚に手を置いて絶妙の圧をかけながら滑らせていった。

世界がゆっくりと動きだしている気がした。

巨大な亀の上に象が乗った古代インドの世界観のように、自分が乗った世界がゆっくりと歩きはじめている気がした。

音もなく、ゆっくりと。

鳥たちはそんなことも知らずに唄い続け、雨はどこでもない場所に降り続け、やがて、見たこともない爽快な虹がこの世界の上にかかる気がした。

俺は、逢坂さんの手の動きをじっとみていた。そして不意にセイジさんの顔に目をやると、セイジさんは間違いなく、少し感じているようだった。絶対に悟られないように、普通を装いながら、かすかに感じていた。間違いなく、感じていた。そして、俺は気づいた。逢坂さんがタチで、セイジさんが逢坂に惚れている側なんだ、ということを。

苦労をしているのはきっとセイジさんのほうだった。女も愛せるのに、わざわざゲイのマッサージマスターに惚れてしまったこの人が見ている景色は、きっといい匂いがして、それなりに素敵なんだろうなと思った。



つづく

※ この話は全てフィクションです。実在のお店、人物等とは一切関係がありません。

(次回更新は 4/3 金曜日です。)



4月25日 (前編) -第5話



世界は秒速で変わっている。イリュージョン(幻影)なのかも知れない。俺も、俺以外も。

面接に合格してから、入学式を終えて、部活やサークルの見学デーに校内をまわることにした。

いくつかの部やサークルをまわって、アメフト部に入部を決めた。

それも、自分の居場所探しだったのかも知れない。

完璧な大学生がいないように、完璧な絶望もない。完璧なゲイマッサージも。

4月25日 土曜日

この日は、マニュアルで覚えたマッサージテクニックがちゃんとできているかお店でテストをする日だ。

自分の足や、枕を身体にみたてて練習したけれど、人の身体を揉むのははじめてなので少し緊張する。

それだけでも緊張するのに、逢坂さんと2人きりで裸の逢坂さんを揉むなんて、ちゃんと勃起せずにできるか不安だった。

リフレッシュも練習するのだろうか… !?

パンパンに張った太腿の間に、どんな大きさのものがあるのだろうか…!?

シャワーを浴びて、バンフォードのジェルで身体を洗う。ゲイのバスタイムは妥協できない。汗を流し、男らしさを装備する。歯を磨き、髭を整える。筋肉の張りを確認して、小さな綻びも許さない。ミラーの傍には、洗ったエネマグラが置いてある。

アンダーアーマーのパンツをはき、CHUMSのTシャツを着る。チノをはき、カンタベリーのアウターを着る。

完璧なゲイもいない。完璧なノンケがいないように。

そう考えながら、電車に乗って新宿のファイブマウンテンの 施術ルーム にきた。

ピンポンを押すと、逢坂さんがでた。あいかわらず素敵な笑顔だった。シャツを着ていてピシッとしていた。

- お疲れ様です! ちょっとはやく着いてしまいました。

- 待ってたよ。どうぞ!

ルームはコンクリート打ちっ放しの、簡素だけどモノトーンで落ちついた部屋だった。コンクリートの灰色と、インテリアの白があっている。清潔感があり、1枚だけ印象派の絵画🖼が飾ってあるのも不思議と調和していた。

唯一、木目調の本棚には、写真集やマッサージの本、洋書やたぶん読まれることのない風景と化した装丁の美しい本が並んでいた。

もし、部屋の真ん中に施術ベッドがなければ、ここが誰かの部屋かAirbnbのホテルであってもおかしくはなかった。

部屋の中で、自分の身体から香るバンフォードの匂いが、緊張で透明になりそうな俺の気持ちをかろうじて支えていた。

- もうすぐ今日の練習台が来るからそこの椅子に座って待ってて

申し訳なさそうに隅に置かれた白い椅子とテーブルには、深いブルーボトルのミネラルウォーターが置かれていた。

少しの沈黙が、俺を気恥ずかしくさせた。このままここで、逢坂さんに抱きしめられてセックスがはじまるんじゃないかと妄想すると、鼓動がはやくなった。

逢坂さんのペニスが、仮性なのか、ムケてるのか、、太いのか、長いのか、そんな妄想もしてしまった。

死にたい、、💦

逢坂さんがトイレに立つと、ほぼ同時にピンポンが鳴った。逢坂さんは閉めたばかりのトイレ🚽の扉🚪を開け、鍵開いてるから中に入ってー と言った。

玄関の扉を開けたのは、ラグビーでもやってそうな背の大きな、屈強なガチムチで、逢坂さんの紹介によると、自分より少し歳上の大学2年生 ゲイマッサージをはじめて1年のセイジさんだった。

- はじめまして! セイジです。よろしく!

⏳  👉  ⌛️  4月25日 後編へ



つづく


※ この話は全てフィクションです。実在のお店、人物等とは一切関係がありません。

(3週分先出しのため、次回更新は 3/27 金曜日です。)



4月06日 -第4話



入学式の前日に、ゲイマッサージの面接を受けることになった。4月6日、月曜日。午前中、散髪屋で髪を短くして、GIカットにした。無精髭も剃ってもらった。鏡をみて、2週間ぶりに人前にでれる外見になった。カットした髪の寿命は短い。1週間もしないうちに好き放題荒らされた荒野か、誰も水を変えていない水槽の藻のようになる。このまま1ミリも伸びなければいいのに、って思うけど、30歳、40歳、70歳、ずっとこのままの髪型でいるのも、退屈なのかも知れない。今、パンチパーマの人がいないように、50年後に全然違う髪型がトレンドになっているとしたら、パンチパーマのように思われるのは嫌だ。だから、ちょっと面倒だけど、隔週で散髪に行く🏃ことにする。面倒だけど。

散髪をした後のお昼の電車は空いていた。ガラガラだったけど、少しカッコイイ人が乗っていた。格闘技をしてそうなスキのない男っぽい顔で、筋肉質な太腿がスウェットから浮き上がっていた。そして、自分とその人の間に、もう1人、その人に釘付けのサラリーマンがいた。たぶん、俺のライバル。

その人は、俺の存在に気づくと、今度はずっとこちらを見ていたので、自分はカッコイイ人のことを見れなくなってしまった。不可抗力… だから月曜日は嫌いだ。

面接の駅に着くと、時間が少しだけあったのでトイレで最終チェックをした。こうしている間にも、髪は0.00001ミリずつ伸びている。この世の中でじっと変わらずにあるものはない。昨日までのルールが、今日も正解とは限らない。自分自身も、どんどん別人になっている。

時間が来たので、1階に降りて、タリーズの中に入った。ゲイだ、ってすぐわかる人がいた。面接がはじまった。

- こんにちは逢坂です。飲み物、一緒に頼みに行きましょう!

逢坂さんは、30代半ばくらいのイカにも🦑な人だった。カウンターでアイスティーを買ってくれた。本当はマンゴータンゴスワークルが飲みたったけど、驕りだし、面接だし、初対面だし、ちょっとイケるし…  緊張して言えなかった。逢坂さんは、お腹すいてない? って聞いてくれたけど、このシチュエーションで、パスタ🍝とか食べる猛者はいるのだろうか?

テーブルに戻り、逢坂さんの胸元の盛り上がりをみていると、股間が盛り上がりそうだった。腕💪も太く、鍛えているのだろう。自分は、かっこいいだけではアガらなくて、かっこいいに優しそう、がはいると惚れてしまう。逢坂さんは優しそう、が感じられる人だった。

- 緊張してる? するよね?w

言われるまでもなく緊張していた。ポーっとしながら、聞かれることにこたえていた。もしかしたら変なことを言ってしまったかも知れない。逢坂さんは、時々、鳩🐦が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。ノンケの人が街でアレン様を見た時のような顔だと思う。

- 人生の目標って何かな?

そう聞かれた時、人生の目標って考えたことがなかったな、と思った。もっと月いくら欲しいとか、シフト何日入れるとか、そういうことを聞かれると思っていた。

- 副業でも、この仕事が人生や人生の目標に対して、どんな役に立つか、必要なのか、知っておいて欲しいんだ。きっと、必要だから今日ここに来た。それがお金でも、経験でも、本能的に今の自分や、自分が目指す何かにとって、ゲイマッサージって選択が有意義で必要だからここに来た。そんな難しいことじゃない。裕太くんは将来、どんな幸せを目指していて、この仕事はそのためにどう役に立つかな?

僕は真っ白になった。そして、咄嗟にこうこたえていた。

- 自分は、自分の居場所が欲しいんです。どう役立つかはわからないけれど、友達とか、自分を認めてくれる人とか、そういうのが欲しいんです。

逢坂さんは、合格💮 今までで一番いいこたえだ、と頷いて、具体的なことを話しはじめた。学業優先主義の逢坂さんは、5月からのデビューをすすめてくれた。それまでにマニュアルを読んでおくように渡された。

こうして、平凡な田舎から上京したての俺は、ゲイマッサージになることが決まった。




つづく


※ この話は全てフィクションです。実在のお店、人物等とは一切関係がありません。



3月29日 -第3話



翌日、ネットで気になっていたゲイマッサージを予約してみた。応募をしたところにすればよかったのに、後からバレるとちょっと恥ずかしいと思ったので、全然関係ないお店にした。

まだどうなるかわからないし、応募して落選かも知れないのに、合格をもらう前に、職場体験をしておくべきだと思った。

もしかしたら、素人として受けるのは最後かも知れないので、ブスでマッサージバージンを失うのだけはダメだと思って、一番タイプの、いや、二番目にタイプのお店にした。

一番タイプのお店は、かっこ良すぎて、なんだか気がひける気がした。自分は、いつも理想より安全をとるタイプだ。だから大きな失敗もしないけど、大きな成功もない。むちゃくちゃタイプの人にお通夜の白布をとるみたいにバスタオルを取られてシゴかれるよりは、そこそこタイプの人にルームサービスのシャンパンをあけるように楽しく抜いてもらいたい。

パンツはUNIQLOの新しいのをおろしてはいた。もっとかっこいいのもあったけど、はじめてなので、攻めすぎないほうがいいと思った。いかにも真面目で、間違えてきてしまったノンケかも知れない、でも、ノンケがくるわけがないから、まだ自覚のないホモかも知れない... そういう人を演じるつもりだ。

◯◯かも知れない、はちょっとした時に人生をおもしろくしてくれる。

やったことがある / かも知れない。

好き / かも知れない。

将来、付き合う / かも知れない

バリタチ / かも知れない

当たり / かも知れない

初台で降りて、小雨が降ってきたので、ちょっとはや歩きで歩いた。Googleマップは時々道とは言えないような小さな路地も経路に表示する。猫しか歩けないような建物と建物の間や、雑草の茂ったお墓の中を通ったりする。

どこかの庭の草の匂いがした。雨に濡れた土と、雑草の緑の混ざった匂いだ。そして、猫🐈がいた。素早く草と草の間の空き缶を乗り越えて、塀の向こうに消えて行った。

その隘路を過ぎると、戸建ての家があり、全裸のおじさんが水やりしていた。目と目があったが、全裸のおじさんは全く意に介していないようだった。

Googleマップが示しているマンションは、その向かいだった。

ピンポンを押す。

赤い傘が目印の部屋だから間違いなかった。押してしばらくすると、グレーのドアが開き、写真よりも爽やかでタイプの人があらわれた。

- こんにちは 予約の方ですね

- あ、っはい。よろしくお願いします。

- こちらへどうぞ

部屋はモデルルームみたいに静かで綺麗だった。トイレとバスルームはセパレートで、普通のサロンみたいだった。普通ってなんだろう、そう思いながら、シャワーを浴びて、置いてあった真っ白なバスローブを着てみた。でもそれは、ホテルにあるのとは違って、ちょっと丈が短かったから、なんだか一休さんみたいだった。

うつ伏せになり、静かに息をした。90分後、シャンパン🍾みたいな射精をしていた。心地よくてすぐに寝てしまい、気がつくと、仰向けになって、乳首を舐められていて、あっというまに射精していた。

プロって、こうなんだ、って思いながら、またシャワーを浴びた。短い出家がおわった。


帰りがけ、自販機でジュースを買いながら、身体が少し軽くなっていることに気づいた。でも、少しだけだったから、マッサージってもっと軽くなるものだと思っていたので少し期待ハズレだった。でもスッキリしていたから、いいかな、と思った。階段を降りると、全裸のおじさんはもういなくなっていた。

- あそこの人、いつもなんですよ〜 裸族が住んでるんです

お店の人が言っていた。裸族の住む家、の向かいのゲイマッサージ、なんだか、そういう童話がありそうだった。

自販機にSuicaをタッチすると、雷みたいな音とともにジュースが落ちてきて、携帯の通知が鳴った。着信音は、雨に唄えば だった。

[ご応募ありがとうございます。ファイブマウンテンの逢坂です。よろしければ面接をしたいので、ご連絡ください。お待ちしております。]

それは、ちょっとした 当たりの、通知だった。



つづく

※ この話は全てフィクションです。実在のお店、人物等とは一切関係がありません。



3月28日 -第2話



この日は土曜日で、アプリで知り合って1度だけ遊びに行ったダイちゃんとダイちゃんの友達と飲みに行く約束をしている。ダイちゃんの友達は前にあったのに、名前は忘れてしまった。

ちょっと覚えにくそうな名前のほうが覚えていて、同級生にいたような馴染みのある名前のほうが意外とでてこなかったりする。

あとちょっとで思い出しそうなんだけど、そういう時は絶対にでてこない。

そもそも、名前をきいたかどうかもわからない。でも、失礼なので、向こうから名前がでてくるのを待っていたりする。

きっと向こうもこちらの名前を忘れていると思っていると、しっかり覚えてくれていて、いよいよこれはヤバいぞと思ってしまう。

タイプの名前は覚えているのに、タイプじゃない人の名前は覚えていない。

こうして「EARLY BIRDS」でダイちゃんと名前のわからない友達と飲んでいると、その時がやってきた。

「裕太くんは、アキマサのタイプってどんなのだと思う?」

マサアキかマサユキだと思っていたからおしかった。いいとこまでいっていた。心の中で半分だけやった!と思う。

「アキマサさ〜 今度GOGOやるんだよ。この身体でっ!」

アキマサくんの身体はたしかにいい身体だけどどこか緩い。自分が言えるような身体じゃないのに、他人のときだけそう思う。もっとも自分はそんなガラじゃないから、はじめからやろうと思っていない。アキマサくん本人もちょっと緩いのはわかってて、だからジムに行ってる。鍵束にエニタイムのキーがついていて、NORTH FACE のリュックにはジム用品が入っている。本当に自信のあるGOGOはGGに通っている。一周まわってエニタイムに戻ることもある。

みんな自分の居場所をみつけている。自分の居場所はどこにあるんだろう、って考えると、きっとここも居場所の一つだけど、ここではないもっとしっくりくる場所が他にあるような気がする。

ダイちゃんは短髪でスウェットが似合う秋田男児で肌がとても綺麗だ。ダイちゃんの居場所もどこか他のところにあって、自分たちは、その居場所が今日はいっぱいか、失ってまだ見つかっていない時だけ、こうしてお互いに会ってなぐさめあってる。

帰りの電車の中で、自分の居場所を探そうと思って、スマホを見ながらバイトを探していた。いくつかの停車駅で人が降りたり、乗ったりした。各駅停車だったので1時間くらいかかった。その間、ゲイマッサージの応募欄を閉じたり開いたりした。

駅からの帰り道、コンビニでお金をおろした。コーンパンと牛乳も買った。コーンパンは小さな幸せをくれる。今日の店員はイケてるナカムラくんではなかった。タイプだから名前を覚えている。なんだったら下の名前までフルネームで覚えてしまう。部屋の鍵をあけると、まだ引っ越して間もない、見慣れていないけど安心できる空間があった。どこかよそよそしい、でも親戚のおっさんと似てる人みたいな感じ。そう考えると、この部屋がおっさんに思えてきて、小さな幸せを浸食されそうだったので、ナカムラくんのことを考えた。

荷物を置いて、シャワーを浴びる。冷蔵庫からさっきの牛乳とコーンパンをだして食べる。お酒を飲んだ後のコーンパンはおいしい。自分はゲイマッサージの画面を開いて、応募の送信ボタンを押した。

押してから、応募する前に予約をしてみたらよかったな、と思った。


つづく

※ この話は全てフィクションです。実在のお店、人物等とは一切関係がありません。





3月18日 - 第1話


俺は裕太、18歳、広島から東京にやってきて、これから大学生活がはじまる。インフルエンザがはやっているので、外にはマスクをしている人が多い。

そういう自分もマスクをしていて、マスクをするとなんとなく顔痩せをするから、これはこれでちょっといい。

京王線に新しい部屋を借りて、入学までの間、渋谷や新宿や、原宿をめぐって服を買ったり、週末の夜は二丁目にでてみたりする。

まだ友達らしい友達もいなくて、Twitterで繋がってる人と御飯を食べたり、二丁目で一緒に飲んだ人をアプリで探して連絡したり、また遊ぼうね、って言ってそのままだったりする。

念願の東京なので、毎日がそれなりには楽しいし、見るもの全部新鮮だし、かっこいい人多いし、オシャレなカフェもたくさんあって、ネットでみているだけでも楽しくなる。

自分のマンションはけっこう古いタイプで、フローリングはあるんだけど全体的に昭和の雰囲気が漂っている。というか昭和…

今日は、新しいバイトでも探さなきゃと思って、iPadでいろんなサイトをみてたんだけど、時給も1000円ちょっとだし、やりたい仕事じゃないし、なんだかな〜って感じ。

1時間働いても、ゲイバーで1杯も飲めないのか〜

なーんて思ってたら、ゲイマッサージの求人をTwitterでみつけた。

高額時給、自由シフト、モザイクで身バレなし

わりと都合のいいことを書いてあるし、都合よく見つけてしまったので、ほんとかな〜 と思いつつ、どうせアプリやハッテン場でHするんだし、タイプじゃない人に妥協して抜いてもらうこともあるし…  これはこれでありだな、と思って、ちょっと頭の片隅において、今日はカレー🍛をつくることにした。

レトルトだから、誰があたためてもおいしくなる。イケメンがあたためても、ブスがあたためてもおいしくなる。もしかしたらちょっとだけブスがあたためたらおいしくないのかもだけど、たぶんちょっとだから気づかない。そんなふうにできている。

出来上がったカレーを食べながら、人の心も、もしかしたらそれくらい簡単なのかも知れないなー、そう思いながら食べた。

つづく


※ この話は全てフィクションです。実在のお店、人物等とは一切関係がありません。