第二章


5月1日

世の中は休日だが、校内のグランドでパスの練習をする。楕円の球はゆっくりと軌跡を描いてグローブの中に着地する。リュウセイはアメフト部に入って最初に仲良くなった相棒だ。同じ法学部で、選考している単位も似ている。自分の大学は関東学生リーグ2部に属していて、1部の大学と比べたら少し緩い。決して不真面目なわけではなくて、緩いのが大学の全体を漂う良い雰囲気だと思う。少なくとも俺にはあっている。

リュウセイは、高校からエスカレーターで進学して、高校時代からアメフトをやっている。ポジションは昔からRBで、クォーターバックからボールを受け取ってランプレイをしたり、パスプレイでパスのターゲットとなったり、ラインと一緒にクォーターバックを守ることもあるポジションだ。

俺は、オフェンスラインとレシーバーの両方の特性を持つTEを希望していて、ブロックやパスプレーの両方に有力なポジションだ。タイトエンドの役割は、コーチの作戦や哲学によってチームごとに大きな幅がある。もっぱらラインの選手として機能するタイトエンドもいるし、積極的にパスプレーに参加するタイトエンドもいる。

アメフトはタチ、ウケ、みたいに役割が決まっている。オフェンスとディフェンスにわかれ、その中でも細かい役割と機能がある。チームには敵チームを分析するスタッフもいて、まるで軍隊みたいだ。

基本的に1年生の俺たちは、雑用や基礎体力づくりや筋力トレーニングをすることが多くなる。先輩たちが帰った後、ボールを磨いたりもする。

日も暮れて、1年メンバーで部室に戻り、シャワーを浴びる。無造作にアンダーシャツや汗を吸ったスパッツが脱ぎ捨てられている。まだ身体ができていない奴もいれば、リュウセイのようにスキンズのコンプレッションタイツを脱いでギリシャ塑像のように神々しい肉体のやつもいる。部室には溢れて行き場のない男の匂いが充満している。

ギリシア時代、人は芸術の追究にとって人間の姿が最も重要な主題であると早期に決定していた。彼らの神々が人の姿になっているのは、聖なるものと世俗的なものの区別がほとんどなく、人の肉体が世俗的かつ神聖なものであるためだった。

俺にとって、リュウセイの肉体は世俗的かつ神聖なものの極みに思えた。

汗をはじく筋肉の隆起と、バカみたいな笑顔と白い歯、少し知性を疑うチンパンジーみたいな行為と、無垢さ。今も俺に向けて歌を唄いながらチンポをユラユラさせている。たぶん、つっこんでほしいのだろうが、気恥ずかしので、冷たい眼差しを送りつつ、やっぱりオイっと突っ込んでおく。このくだらないやりとりが親密さの証だ。

当時、ギリシャ塑像のモデルには、古代オリンピックの優勝者がなったように、俺もリュウセイを塑像にして自分の部屋に飾りたいくらいだった。

その小さな塑像は深夜に動きだして、俺を虐めてくれるだろうか?

東洋に広がった塑像の源流は、古代ギリシャだと言われている。これらの技術は、アレクサンダー大王の東征に伴い東漸し、東洋にもたらされた。

アレクサンダー大王は、紀元前326年、「 世界の果て」に到達するべくインドに侵攻し、ヒュダスペス河畔の戦いでパウラヴァ族に勝利する。しかし、多くの部下の要求により結局引き返すこととなり、紀元前323年、新たな遠征を果たせないままバビロンで熱病にかかり32歳で死ぬ。

公的な記録によれば、アレクサンダー大王は高熱を発してずっと熱が下がらず、そのあいだ激しくのどが渇いて葡萄酒を飲み、うわごとがはじまって、発熱後10日目に亡くなっている。

今、季節はずれのインフルエンザがはやっていて、例年よりたくさんの人が亡くなっているが、人の死は、いつの時代も変わらない。アレクサンダー大王は、世界の果てを見ぬままだった。

リュウセイは、ニコッとハニカミ、一緒に飯に行こうぜ!と言ったが、今日は、新しくはじめたマッサージの歓迎会の日だったので、リュウセイに

- ゴメンっ💦  今日はバイトなんだ

と小さな嘘をついて、大好きな男をわざと振るように、僅かなシンデレラタイムを楽しんで部室をでた。リュウセイは、悲しいチンパンジーみたいな顔をして俺を見送った。

黄色い帽子のおじさんは、まだ、リュウセイに登場していない。



5月2日

朝、ベッドで目を覚ます。昨日はマッサージの歓迎会の後、アメフトサークルの練習後、居酒屋で飲んでたら終電をなくしたリュウセイが泊まりにきて、部屋で筋トレをしながらさらに酒を飲み、タイプの女の子とか、部活の話をして、一緒に porn hub を観ながら寝てしまった。

俺もリュウセイもフッパンの境目まで日灼けしていて、そこから上は灼けていない肌になっている。顔も、腕も、灼けていて、汗とフェロモンと酒が混ざった匂いがして、部屋まで部室みたいだ。

リュウセイのパンツはアンダーアーマーで、練習着なのか下着なのかもはやわからない。自分は今日はNIKEのボクサーブリーフをはいている。お互いのペニスは太陽を浴びて部活をしたせいで、多めのテストステロンが活躍し、俺も、リュウセイも見事な勃起をしている。

男同士だとわかっていても、仮に、お互いストレートだとしも、ムラムラしてくることがある。なぜなら、他の部員も、同性の肌触りに欲情することがあって、ハグしたり、ふざけてベッドロックしながらムラムラしていることがある。寝ているリュウセイも、無意識に竿の先の感触に溜息のような呼吸をして、モゾモゾと大腿部を動かしたりする。そして、さらに心地の良いポイントがないか探している。

リュウセイの髪や皮膚は芝生の匂いがする。髪の一本一本から、男の性的マウンティングをしかけてくる。俺は、先に起きた特権で、坊主に近いその髪の匂いをゆっくり深呼吸で吸い込んで、灼けた肌に自分の頬をより添わせる。

リュウセイの勃起したペニスに偶然を装い膝を押し付ける。弾力のあるリュウセイのペニスが押し返してくる。太いペニ筋の圧を感じる。リュウセイは裏筋に伝わる同じ男からの加減を知った圧を感じとって、その薄い唇から、密度の濃い息を吐き出している。

俺は、軽く自分のペニスをいじりながら、股間にティッシュを押し当てて、息を潜め、誰にも気づかれないように手を上下に動かす。

しかし、とてもモヤモヤしたまま、その一連の行為を中止し、天井を見つめ、はじめから何もなかったように、やり過ごす。行方知らずのマスターベーションが放置される。

リュウセイとの距離と関係はとても難しい。

俺はトイレに行って手を洗い、そのついでに顔を洗って、新しいタオルをとりだし、顔を拭きながら、冷蔵庫からエナジードリンクを取り出して飲みながら料理をはじめる。鍋で湯を沸かし、茹で卵をつくり、プロテインをシェイクする。サラダチキンにタイ料理のラープパウダーを絡めて少しだけ白ワインを入れてチンをする。ワインは蒸発し、パサパサだったチキンがしっとりと柔らかくなる。ラープのライムテイストの香りと酸味がつき、お皿にスライスした茹で卵と盛る。

間もなくリュウセイを起こし、一緒に朝食をとる。体育会の朝が完璧にはじまる。



5月3日

完璧な朝食を済ませ、リュウセイと部活に行く。俺の部屋は大学から近く、リュウセイはよく俺の部屋に泊まりに来る。一緒に汗を流し、飯を食い、シャワーを浴びて一緒に寝る。そしてまた一緒に部活に行く。

リュウセイは両親がおらず、養護施設で育った。母親が亡くなった7年後に父親が交通事故で亡くなり、多額の保険金が入ったが、未成年だったので施設で生活をすることになった。

その後、大学を受験し、保険金で学費を払い、一人生活をはじめた。だから、きっと肌の触れ合う距離に誰かといたいのだろう。リュウセイはほとんど自分の部屋には帰らずに俺の部屋に頻繁に泊まりにきていた。

タイプの男が部屋にいるのは悪くない。なんとなく甘えているリュウセイはかわいいし、洗濯や掃除は俺より几帳面でうまい。パンツとか丁寧に畳んでくれているとくすぐったいような恥ずかしさもあるけど、リュウセイも楽しんでいるようだし、リュウセイが来ない日は何より自分も寂しかった。

リュウセイの目は透き通っている。俺の後ろ側の向こう、深淵を見つめているようだ。吸い込まれそうな時がある。

手に入ったものが、実は触れると壊れてしまうものだったとしたら、俺はそれをどうやって扱ったらいいのだろう?

リュウセイの肌は綺麗でもみ上げのところの毛がなんか自然な生え際でかわいい。普段は柔和で優しいのに、試合の時は狼みたいな目に変わる。愛情への飢えを戦闘力に昇華した目。俺はリュウセイのそんな目が好きだ。

リュウセイは高校からアメフトをやっているので身体も出来上がっている。アンダーアーマーのボクサーブリーフがあんなに似合うやつはいない。アンダーアーマーのマネキンがそのままみたいな身体だ。筋肉が浮き出ている。

一緒に風呂に入ることもままある。仮性包茎のリュウセイの亀頭は、1/3くらいこんにちはしている。こいつ半分勃ってんじゃないのかな、って時は4/5くらい剥けてでている。太腿がでかいのに普通くらいの大きさに見えるので、実際はまあまあ長くて太い。色はサーモンピンクなので、童貞なのかな?と思う。ちゃんとアンダーヘアは整えている。

いつも一緒にいることが多いので、好きな音楽も知っている。トレーニングの時はボン・ジョビを聴いている。だいたい、Livin' on a PrayerかIt's my life だ。

Livin' on a Prayerは、貧しいながらも懸命に生きるカップル、トミーとジーナを主人公とした歌で、ジョン・ボン・ジョヴィと共作者のデズモンド・チャイルドが1970年代にそれぞれ経験した実際の出来事から着想を得ている。

ジョン・ボン・ジョヴィの知人で学生野球のスター選手だった人物がいた。プロ野球選手を目指していた矢先、恋人の妊娠が判明したため野球選手の道を断念し、生活の糧を得るため工場で働き始めたという出来事。

一方、デズモンド・チャイルドはニューヨークでタクシードライバーとして生計を立てていたが、当時のガールフレンドでシンガーソングライターのマリア・ヴィダルが食堂のウェイトレスとして働いていた。そのヴィダルがイタリアの女優・写真家のジーナ・ロロブリジーダに似ていたことから、店のオーナーや店長、同僚の従業員に「ジーナ」というあだ名で呼ばれていた。

ジョン・ボン・ジョヴィ自身はニュージャージー州パースアンボイで元米海兵隊で理髪店を営んでいたイタリアとスロバキアの血をひく父と、花屋の店員をしていたドイツとロシアの血を引く母のもとに生まれた。彼にはアントニーとマシューという二人の兄弟がいた。彼はカトリックで、夏は祖父母とペンシルベニア州のエリーで新聞を売って過ごしていた。

リュウセイの両親もきっとトミーとジーナのように美しい人たちだったのだろう。平凡な家庭の幸せを不意の早逝が襲ったが、両親の品の良い清貧さはリュウセイに引き継がれている。

俺がもし、リュウセイの恋人だったら、きっとジーナのように信仰をもって、一日中ダイナーで働いて、成功にこだわらず、小さな幸せを、既にその手にあるものを… 大切にできたかもしれない… !

大学が近づくと、グラウンド行きのバスがちょうどバス停に停車した。リュウセイは、ジーナの手をひくトミーのように、俺の腕を掴んだ。 



リュウセイは俺の腕を掴んでバスに乗ると、グラウンドまでの短い時間、睡眠をとっていた。帽子を目深に被り、しっかりとした鼻筋と顎をパーカーのフードに隠していた。春のうつろいの中で擦過する風景は、桜の終わった季節の最後の陽気に包まれている。

バスはアメフト部の他にもラクロスや陸上部の姿もある。何人かの見知った他部活のやつや、アメフト部員が軽く右手を上げるが、眠いので声まで出さない。一回生なので、みんな少しはやくグラウンドに向かう。このバスには一回生しかいない。

バスの中に一羽の蝶が迷い込んでいて、ラクロス部のスティックから椅子のモケット生地にうつり飛んでいる。モケット生地はウールのパイプや化学繊維を織り出し、布の片面にのみ模様を施したものだ。もしかすると、この世界も織物のように複雑に編まれていて、その片面には自分たちの知りもしないような模様が描かれているのかも知れない。もしかすると両面にも。

御伽草子の朝顔の露の宮では、朝顔の上と露の宮を葬った塚の内から若君1人が出生するが、父母なくしては育つこともかなわず、露と消える。その魂は胡蝶と化して花々に戯れ、「父よ母よ」と明け暮れ嘆いたそうだ。

父母のいないリュウセイの魂が、今睡眠中に抜け出て彷徨っているのかも知れない。

朝顔と露と言えば、方丈記の第一段にも記述がある。

不知、生れ死ぬる人、 いづかたより来りて、いづかたへか去る。又不知、仮の宿り、誰が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その主とすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。或は露落ちて花残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。或は花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども、夕を待つ事なし。

仏教では流転する無常の世界にあって、今生きている世界は仮の宿に過ぎないとしている。その家の主人と家の流転する姿をたとえて、朝顔と朝顔についた朝露のようだと例えている。

ある世界線では、リュウセイと俺は、友人ではなく、本当にトミーとジーナのような二人なのかも知れない。その世界が表で、裏側がリュウセイと俺であって。

バスの揺れにつられて、自分もゆっくりと瞼を閉じた。睡眠不足のせいで、短時間でも眠ることができた。

トミーは仕事にでる準備をしている。ジーナは、小さな赤ん坊をあやしながら、トミーのお弁当をつくっている。小さなアパートだが、幸せな匂いがする。それはパンを焼く香りと、ジーナの乳房から感じる乳の匂いだ。

作業着を着たトミーの背中には責任を負った男の威厳がある。昨夜、激しく愛し合ったのか、股の部分がじんわりとほのかに疼いている。窓からの空気が少し冷たくて、工具箱を持って いってくる と言ったトミーの顔をジーナはとても愛しい気持ちで見送っている。

バスが最後の交差点を曲がった時に、リュウセイが俺にもたれかかり、帽子のつばが当たった。俺の短い睡眠は何も残さずに消えた。先ほどの夢のことをもう覚えていない。それは、誰も知らない表の世界だったのかも知れないが、表世界は痕跡も残さずに、再び裏側へと自分たちを連れ戻した。

リュウセイはまだ表の世界を漂っている。俺だけがいなくなった世界で、いなくなったことにも気づかずに、疑うこともなく、まだそこにいるのだろう。

なんとなく、リュウセイが愛おしいと思った。この世界と時間が永遠に続けばよいと思った…

『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世中にある人と栖と、又かくのごとし』  

川の水は絶えず流れ、しかも元の水ではない。川面に浮かぶ泡も同じく、この世に久しくとどまるものでもない。

俺たちも、その例外ではない。誰も世界の理からは逃れられない。バスは物理的にはその動きを止めたが、世界はまだ動き続けていた。眠そうな部員たちは歓喜をあげてバスを降りはじめた。

朝顔は「結束と、からみつく」を花言葉にもっている。 絶えず流れる川の水面で、お互いにつながっているのは、友人としての結束なのか、それとももう一方の、一方だけの感情なのか、俺にはわからなかった。

いくつかの季節を経て、将来の自分はきっと気づく、いや確信するだろうと思った。

俺は、短いながらも寝て、寝起きの朝勃ちをしていて股間が痛かった。リュウセイは鞄を背負って、俺の腰に手をあて小さな声で「いこうっ」と言った。リュウセイからシャワーでつかったミルクボディソープの香りがしていた。バスの窓からは少し冷たい風が入り、近くの給食センターからパンを焼く香りがしていた。



6月7日

その日、アメフト部の爽太と泊まりに来たリュウセイは深刻な相談、というか告白をしてきた。夜、シャワーを浴びた後、バスタオルを腰に巻いた全裸のまま、濡れた体を俺に密着させて、「あのな、ちょっと見てほしいんやけど」って、中途半端な関西弁を照れ隠しにして、股間を見せてきた。

まるで、小学生がいたずらをする時のように悪そうな顔をしながら、心配そうに赤く腫れたアソコを見せてきた。冷蔵庫を空けていた爽太が、奥から「大丈夫やってー。そんないきなり性病にならんから」と言った。俺は不測の事態にちょっとドギマギした。

そうして、あっけにとられていると、ぷらぷらとたらしたアソコを急に右に振り、しなやかに空気を弾いた肉棒は、俺の頬をビンタした。リュウセイはヒリヒリするのか、いてて、と言った。

俺はなぜ、マラビンタをされたのだろう?

爽太とリュウセイは同じ高校から一緒の同期でありアメフト部のチームメイトだ。爽太によると、うちに来る前に大塚の3回転1,500円のピンサロで、リュウセイは3回も射精したらしい。普通、ああいうのは、3回転の中で、一番お気にをみつけてそこでだすものらしいが、童貞のリュウセイはプロ初体験で興奮して3回ともイッてしまったらしい… バカだ…

平静を装いながら、「なんで女で童貞すてちゃうんだよ!」と怒りが湧いてきた。いや、本当だったら、リュウセイに往復ビンタしてやりたい気持ちだったが、まだプロでよかったのかも知れない。Tinderとかで誰かとできていたら、と思うと、それこそ最悪だ。と、そんな心配をしていると、爽太が、「Tinder」をリュウセイにすすめていたので、急いで会話に割って入った。

「Tinderなんか、パパ活女子かネカマだらけでいいことないよっ!」

リュウセイを狙ってる一番危ないやつが俺なんだけど、と自覚しながら、そう言っていた。

爽太はDTで、実はオフェンスの自分たちとは練習でもそれほど一緒になることはない。だから、リュウセイがいなかったら、こんな短期間で爽太と仲良くなっていなかったかも知れなかった。

爽太は身長180cm で体重115kgだ。筋肉の鎧で覆われた身体にけっこう女受けのいい甘いマスクだ。

爽太は大の遊び好きで、しょっちゅう池袋あたりの風俗で抜いている。アメフト部にはポジションを超えて、ちょい悪遊び好きで集まってるやつらがいて、リュウセイは爽太に誘われて、めでたくロストバージンを果たしたのだ。めでたいか!?このやろう。

しかし、爽太にちょっとムッとしながらも、リュウセイに怒る気になれないのも、爽太にそれ以上イラつくことがないのも、二人とも健全な男子で、かわいいからだ。自分とリュウセイの間に誰か入ってくるのは本来は嫌なんだけど、爽太がくることはウェルカムだった。

爽太はモンスターを飲みながら、デロンとした包茎の竿をぷらぷらさせていた。陰毛は整えておらず、童貞のリュウセイが整えていたのに比べて、少しやぼったいところがあった。

リュウセイは脱童貞をして満足そうだった。少し大人になった顔をして、シャワーのお湯のせいなのか、まだ少し紅潮していた。無邪気に笑って、満足そうだった。

Uberでピザをとろうって誰かが言い出したが、結局、それだけじゃ足りないと思ったので、他の料理をつくるがてらピザからしてオーブンで焼くことにした。爽太とリュウセイは酒を買出だしに行った。

ソーセージを5mm幅に切り、ピーマンのヘタと種を取り除き、薄切りにする。ボウルに強力粉と薄力粉、ドライイーストと砂糖、水を入れて混ぜ合わす。

塩を入れて捏ね、滑らかになるまでさらに捏ねる。

リュウセイがピンサロで周りの人からも見られる環境で女の胸やアソコを揉んでいた光景が頭をよぎる。

生地を15分ほど発酵させる。

生地にピザソースを塗り、チーズを敷き詰める。柔らかい生地に、白いチーズが大量に乗ると、リュウセイが女の胸に濃いめの射精したのが思い浮かぶ。

オーブンの予熱が上昇している。

ピーマンやソーセージを載せて、250℃の地獄の劫火で焼き上げる。

チン、とピザが焼き上がった。爽太とリュウセイが帰ってきた。お腹を空かせたガチムチたちが香りにつられてこちらを見る。ほとんど同時に。

小さなテーブルに特大のピザがのせられ、缶チューハイやハイボールの栓が開けられる。男たちの顔は、無邪気で、全く悪びれた様子がなかった。

それは、マリオとルイージのように無垢だった。

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一ヶ月前の5月5日、東京レインボーパレードがあり、俺は、豪士さんと代々木に観に行っていた。沿道にはたくさんの人が溢れ、会場にはたくさんの企業ブースや出店がでていた。

豪士さんは、数年前はこんなに大企業のブースはでていなくて、もう少し内輪な雰囲気があったんだと言っていた。良いのかどうなのか、時代とともに変わっている、それも急速に変わっていると話していた。毎年、レインボーTENGAを買っているらしく、施術ルームに飾ってある歴代のレインボーTENGAは、豪士さんが買ってきたやつらしい。昨年のTENGAはスタッフがお客さんにつかってしまい、ひどく怒っていた。

豪士「 いや、それつかうか? マジで? 」

今でも思い出すと腹が立つらしい(笑)

ブースをいろいろ観て周った後、豪士さんはお客さんの予約時間にあわせてルームに戻った。俺は学業優先の逢坂さんの采配で X Xマッサージはまだやっていなかった。宙ぶらりんの研修生みたいなもんだ。

豪士さんを見送って、原宿駅に向かう雑踏の中、逆の人の流れで、パレードのイベント会場に向かう見知った顔を一瞬見たような気がした。しかし、大勢の人の波におされてもうみることができなかった。

それは、爽太だったような気がしたのだが、今更たしかめることはできなかった。



(爽太の)5月5日

パレードの日、爽太は代々木公園駅のそばにあるマンションでの面接に向かっていた。原宿駅のNIKEで靴をオーダーした後、パレードで賑わう公園通りを西進していた。iPodでThe Chainsmokers & Coldplay のSomething Just Like Thisを聴いていた。何事かに集中するタイプの爽太は、雑踏の群衆には全く意識を向けずに自分の道を歩いていた。春から初夏へとうつる季節の風は、埃っぽさとこれから訪れる梅雨の湿気を孕んでいた。

ゆうたがすれ違った時、

どれだけリスクを冒したいですか?
How much you wanna risk?
私は誰かを探しているわけではない
I'm not lookin' for somebody.

というフレーズを聴いていた。そこでは小さなエクリプス

月とその日食
The moon and its eclipse

が起きていたというのに。

爽太はキラキラとしたドレスをまとった太陽のようなDQの横を通り過ぎた。爽太のマスクと身体は多くの通行人、それもただならぬ審美眼をもった男達の目を惹き、砂のような諦めと星のような賛美を送られつつ擦過してゆく。爽太のランウェイは彼以外のものを遠ざける真空に包まれていた。虹のせつない輝きさえも!

爽太は東日本大震災で父を亡くし、父への憧憬か男も女も愛せるマインドになっていた。いや、正しく言うならバイではなく、ただ、親しみ、それも強い親しみを抱くだけだ。性的ではなく、ただ触れて近づきたい感情、過去の喪失への邂逅。はたからみれば同性愛のそれと何も変わらぬ感情。しかしそれは彼を悩まさなかった。あるものをそのまま受け入れ、肯定も否定もしない彼の母親ゆずりの価値観が、愛の性質をわけない強さを与えていた。欠点を補強した、完璧な美術品のような存在が、今、まさにたくさんの観察者によって実在性の記録と確認がされていた。

爽太は陽射しにじわっとかいた汗を反射させていた。まだ水を弾く肌は、エナメルのように照り輝いていた。Tシャツにはちきれそうな筋肉、太い眉、強い意志を感じさせる顎、もし、ここがローマだったら、神話の一片として記述されただろう。白い歯から息が溢れ、通行人の喉が鳴った。

敬虔な爽太は、道路からパレード会場とは真反対の明治神宮の方角を向き、軽く手と瞼を合わせた。その瞼の裏に、地元石巻の鹿島御児神社で父と鳥居越しに眺めた海を思い出していた。鹿島御児神社は武甕槌命 鹿島天足別命の親子二柱の武神を祀っている。武甕槌命は鯰絵では要石に住まう日本に地震を引き起こす大鯰を御するはずの存在として描かれている。爽太は父を失った後、それでも尚、信仰を失っていなかった。海が揺れ、地面が割れても、世界はまだ存在していたから。やがて短い感覚の遮断から、まず聴覚がもどり、厳粛な時の進行があらわれた。そして、代々木公園交番前の交差点を右折し、隘路に入ってタイル張りの指定されたマンションに入っていった。

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6月27日

蟹座のリュウセイはこの日誕生日だった。蟹座は快楽主義者で遊びのセックスが得意、と星占いに書いていたが、そんなことはないのに… とリュウセイは俺に同意を求めてきた。

俺の部屋に三人で集まって誕パをすることになっていて、爽太がリュウセイへのプレゼント用にオーダーしていたNIKEのスニーカー代を自分も半分だすことにした。

スニーカーの代金を調べる時に、爽太がだした伝票の日付が5月5日になっていたので、再びすれ違ったかも知れない日のことを思い出した。やっぱり爽太だったのだろうか?

たまたま似ている人だったのかも知れないし、聞いてしまうと自分がそこにいた理由も話さなくてはならず、どうにもできなかった。

パレードは、少しばかりの疑惑を残していった。

ちょっといい酒で乾杯した後、すき焼きをつくり、ケーキを食べた後、Netflixで「死霊のはらわた」を観ていた。

フロリダ州ジャクソンビルで楽しい休暇を過ごそうと、主人公のアッシュ、姉のシェリル、恋人のリンダ、友人のスコットと彼の恋人のシェリーら5人の若者たちは道中で森の小屋を訪れていた。

その地下室を物色していたスコットは、偶然『死者の書』とそれに書かれていた呪文を録音したオープンリールを見つけ、興味本位で再生してしまう。録音されていたのは、森に封じ込められていた悪霊を蘇らせてしまう呪文だった。

俺は、このオープンリールを再生しないほうがいいと思った。



7月7日

死者の書は、怪奇作家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの一連の作品に登場する架空の書物である。ラヴクラフトが創造したクトゥルフ神話の中で重要なアイテムとして登場し、クトゥルフ神話を書き継いだ他の作家たちも自作の中に登場させ、この書物の遍歴を追加している。

俺も、架空の話は好きだ。時々、変な空想や妄想する癖がある。

例えば、石像に翼の生えた天使が東京に襲来し襲われた人類は鳥居を設置する。鳥居が結界になっている。鳥居を通過する天使は、〆縄に捕獲され浄化されるが、捕獲できない天使は浄化失敗する。

そうして、破れた結界から魔が侵入し、魔の着床が行われると眼球のような侵食がはじまる。

それと同時に、新しい魔が生まれ、東京が崩壊してゆく…

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「どう? 部活忙しい?」

それは、逢坂さんからの一通のメールだった。

アメフトの練習はそれなりにハードだった。大学に入って、授業もそれなりにあって、部活をしているとバイトをする余裕もあまりなかった。だからなんとなくマッサージの練習もしてなかったし、いつでもいいよ、学業優先で、という言葉に甘えて、連絡もせず過ごしていた。これではいけないな、という気持ちもあるし、仕送りだけでは生活に余裕もなかったのに… 部費もままならないくらいだ。

これから夏になると短い期間ではあるけど合宿もある。靴や練習着もすぐボロボロになるし、身体がかわるにつれて、食費もかかるようになっていた。

「今は部活が忙しくて、時間がとれないんです…」

俺は小さな嘘をついた。元々、部活の合間に単時間でできる高収入のバイトだからXXマッサージをやろうと思っていた。だから、そのくらいの時間はとれるはずだった。

誕生会以来、リュウセイも部活で会うだけで、一度しか部屋に来ていなかった。リュウセイはUberのバイトをはじめ、ちょっと忙しそうでもあった。かわりに、爽太が2回ほど単独で遊びにきて、先日はそのまま泊まって朝までずっと一緒にいた。

爽太は甘え上手なのか、ちょっとタイプだし、悪い気はしなかった。気がつくと俺にもたれかかっていたり、そのまま寝ている時もあった。なぜだか、寝ている爽太の意識が起きているような気がして気まずい感じがしたが、それはたぶん俺の気のせいかもしれなかった。自分が意識しすぎなのだろう。

ベッドが一つしかないので、泊まった日はベッドでくっついて寝た。なんかいい香りがした。香りで好きになると深追いしがちだ。それは遺伝子レベルの好き、だからだ。リュウセイはいつも床に毛布を敷いて寝るのだが、爽太は何も頓着せず、ちょっと狭いな、とか嬉しそうに文句を言いながら、パンツとTシャツで先にベッドに入っていた。

ベッドに入ると、爽太は、リュウセイに最近好きな女の子がいるらしいことを話しはじめた。

リュウセイは、マネージャーの穂果(ホノカ)に気があるらしい。悪い選択ではないが、俺はちょっと情緒不安定になった。そして、かわりに無意識に爽太を人質にした。このトレードは公正に行われた。

大空の月だに宿るわが宿に待つ
宵よひ過ぎて見えぬ君かな

爽太が寝息をかきはじめた頃、俺はゆっくりと爽太の匂いを嗅ぎ、何度かもぞもぞとした。言葉にできないすごくいい匂いがした。それは匂いですらなかったかもしれない。眠りながら半勃ちの彼のパンツをめくると、今度はあきらかに匂いとわかる、汗とボディソープと、滲み出る爽太らしい香りに触れた。一度眠ると眠りが深い爽太は簡単には起きる気配がなかった。とても荒々しく、押しの強い、しかしながら繊細な、まだ汚れていない獣のような気配。穢れから遠く、恩寵のような男らしさを漂わせた気配。10代最後の神々しい肉体と荒ぶる魂を同時に宿した怪獣(モンスター)が、寝息をたてている。

自分の心臓の音が聞こえる。

なぜか運動もしていないのに息が上がりそうだった。頬を近づけてみる。軽く触れ、その均等だがやや下唇が厚い神聖な口元にキスをしたかったけど、なぜかそれは爽太を起こす全ての魔法を解いてしまのではないかと思えてできなかった。パンツを戻し、ゆっくりと爽太の業がつまった陰部に布越しに手をあててじっ、としていた。それ以上、魔を呼び起こさないために何分間、何秒間だったろうか、柔らかくも硬くもあるその身体の一部位に、儀式のようにパンツの生地越しにずっと手をあてている秘匿の時間… 時々、爽太が動いて手がはずれたが、何度でも静かにそこに手をおいて彼が起きないことを祈った。

もし起きたら、なんて言えばいいんだろう、そんなことが一瞬頭をよぎっても欲望のほうが勝ってしまい、すぐに記憶から消去され、また考えて消去するを繰り返してしまう。今日は満月だった。結界は破れ、侵食され、俺の股間は勝手に隆起していた。

爽太は少し悪い夢をみているようだった。時折眉間に皺を寄せ、汗をかいていた。何度か寝返りを打ったあと、突然、小さい声で、走って、と言った。

俺は、ビクッとして、あてていた手を離した。うわごとを言った爽太は、少し悲しそうにそのまま深い呼吸とともにまた眠りにおちて、俺を置き去りにしていった。

窓からは月あかりが差し込み、太陽のように溌剌とした爽太の頬を影の中から照らしていた。近くの庭の竹林が風に鳴り、普段は心地よく感じる音が、今夜はやけに騒がしく落ち着かない気持ちにさせた。それは昔、広島の実家で迷子になった時、見知らぬ神社で椎の葉が騒いでいたのを思い出したからだった。



つづく

copyright 2024  青山直樹
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